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    Kameido Umeyashiki
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    UKIYOE MUSEUM
    浮世絵展示
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    Welcome To Kameido Umeyashiki
    Get closer to Japanese traditional and contemporary arts
    at one of our recommended workshops and exhibitions.

亀戸HONUフェスティバル2016 7/10・8/20-21
ご出演、ご来場頂きました皆さま ありがとうございました

夏の降り注ぐ太陽のもと、亀戸HONUフェスティバル2016はご好評のうちに終了いたしました。
華麗なドレスを身に纏い素敵なフラダンスをご披露頂いた出演者の皆さま、ありがとうございました。
ご来場の皆さまにも大変、お喜び頂け大盛況に終えることができました。
多数の皆さまのご来場、誠にありがとうございました。

会場:藤の間 入場料:1,000円
開場:午後1時 開演:午後1時30分

10月亀戸梅屋敷寄席(PDF)

9月16日(金)

  • 楽天
  • 楽生
  • 萬橘
  • 喜八楽

9月21日(水)

  • 橘也
  • 真楽
  • 楽京
  • 楽松

9月27日(火)

  • 楽大
  • 喜八楽
  • 鳳志
  • とん楽

9月30日(金)

  • らっ好
  • 兼好
  • 上楽
  • 円橘

10月4日(火)

  • 前座 風月
  • 三遊亭とむ
  • 三遊亭道楽
  • 仲入り
  • 三遊亭神楽
  • 三遊亭楽之介
  •  

10月5日(水)

  • 前座 栄豊満
  • 三遊亭好の助
  • 三遊亭楽松
  • 仲入り
  • 三遊亭鳳志
  • 三遊亭円楽
  •  

10月6日(木)

  • 前座 まん坊
  • 三遊亭楽八
  • 三遊亭とん楽
  • 仲入り
  • 三遊亭楽京
  • 三遊亭道楽
  •  

10月7日(金)

  • 前座 じゅうべえ
  • 三遊亭楽㐂
  • 三遊亭神楽
  • 仲入り
  • 三遊亭兼好
  • 三遊亭とん楽
  •  

10月14日(金)

  • 前座 西村
  • 三遊亭楽大
  • 三遊亭好太郎
  • 仲入り
  • 三遊亭鳳志
  • 三遊亭円橘

10月18日(火)

  • 前座 好也
  • 三遊亭橘也
  • 三遊亭楽松
  • 仲入り
  • 三遊亭神楽
  • 三遊亭円福

10月19日(水)

  • 前座 鳳月
  • 三遊亭らっ好
  • 三遊亭楽市
  • 仲入り
  • 三遊亭王楽
  • 三遊亭喜八楽

10月20日(木)

  • 前座 けん玉
  • 三遊亭愛九
  • 三遊亭好太郎
  • 仲入り
  • 三遊亭萬橘
  • 三遊亭愛楽

10月25日(火)

  • 前座 栄豊満
  • 三遊亭楽天
  • 三遊亭愛楽
  • 仲入り
  • 三遊亭円福
  • 三遊亭楽市

10月27日(木)

  • 前座 はち好
  • 三遊亭好吉
  • 三遊亭王楽
  • 仲入り
  • 三遊亭愛楽
  • 三遊亭楽京

10月28日(金)

  • 前座 西村
  • 三遊亭鳳笑
  • 三遊亭楽生
  • 仲入り
  • 三遊亭楽麻呂
  • 三遊亭小円楽

携帯電話の電源は開演前にお切りください。
場内での許可のない録音および写真、動画撮影は禁止です。
都合により演者が予告なく変更になる場合があります。あらかじめご了承をお願いいたします。

KAMEIDO UMEYASHIKI

亀戸梅屋敷

江戸時代、亀戸には呉服商・伊勢屋(いせや)彦右衛門(ひこうえもん)の別荘「清香庵(せいきょうあん)」があり、 その庭には見事な梅の木々が生えていました。 立春の頃になると江戸中から人々が北十間川や竪川を舟でやってきて、この地はたいそう賑わったといいます。 特に、庭園のなかを数十丈(150m)にわたり枝が地中に入ったり出たりする一本の梅が名高く、評判を聞きつけこの地を訪れた水戸光圀は、まるで竜が臥せているようであると感嘆し、その木に「臥竜梅(がりゅうばい)」の名を与えました。また、八代将軍・徳川吉宗は、一旦土に入った枝が、再び地上に這い出る様を生命の循環になぞらえ、「世継(よつ)ぎの梅(うめ)」と命名し賞賛したそうです。

当館について

「亀戸梅屋敷(かめいどうめやしき)」の名で人気を博したこの梅の名所は、多くの浮世絵で題材となっていますが、なかでも浮世絵師・歌川広重(うたがわひろしげ)が安政三年(1857年)に描いた『名所江戸百景(めいしょえどひゃっけい)』の「亀戸梅屋敷」は、江戸の時代に海を越え、かのフィンセント・ファン・ゴッホが模写(作品名「日本趣味 : 梅の花」/1887年)するなど、日本のみならず世界から評価された傑作と言えるでしょう。 粋な江戸っ子たちを魅了し、その名を世界に知らしめた「亀戸梅屋敷」。 当時の如き賑わいの場として、そして、江戸/下町/亀戸の粋な歴史と文化を世界へ発信する拠点として、当館を「亀戸梅屋敷」と名付けました。

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Kameido Umeyashiki, literally meaning Plum Orchard of Kameido, has been inspiring artists in Japan and all over the world for hundreds of years. Most famously, Kameido Yashiki was featured in one of ukiyo-e master Hiroshige Utagawa’s “Hundred Views of Edo” series in 1856. This print was then replicated by European artist, Vincent Van Gogh in 1887 and thus spread the beauty of Japan and Kamiedo Umeyashiki with Western culture. In 2013, a new Kameido Umeyashki was built, taking inspiration from this famous place. Kameido Umeyashiki is a tourist information center, art gallery and hotel inspired by the bustling downtown atmosphere of the Edo period. If you are in the area, be sure to stop by and enjoy the Edo-inspired architecture, ukiyo-e prints and gallery.

江戸切子

日本におけるカットグラスの始まりは天保5年(1834)加賀屋久兵衛が、江戸大伝馬町で金剛砂を用いてガラスを彫刻し、切子細工の法を工夫したと伝えられています。江戸時代後期に製作された江戸切子は、薩摩切子と共に、江戸期のすぐれたガラス工芸品として現存しています。薩摩切子は藩主の手厚い保護のもとに、藩の事業として製作され当時の最高の研究と開発の結果出来た美術工芸品でしたが藩主の衰退、工場の焼失によりその伝統を伝えるものはなくなりました。。これに対し、江戸切子は庶民の手により製作され明治維新の政治的改革にも影響を受けず、明治15 年(1882)に、英人技師エマヌエル・ホープトマンによって、伝習生に教えられたため、江戸時代の切子の伝統は絶えることがなく今日まで長く存続している伝統工芸です。江戸切子の特徴として魚子模様の他に、籠目・麻の葉・菊・格子切子などの模様が用いられています。

EDO KIRIKO GALLELY

What's EDO KIRIKO?

It is said first EDO KIRIKO was a carving on the surface of glass using emery by the glassware craftsman,Kyubei Kagaya of Edo Odenmacho in 1834. In 1873 the Shinagawa Glass Factory (modern day Kita Shinagawa 4-chome, Shinagawa-ku) was established, and an English glass-cutting expert, Emanuel Hauptmann, was invited as a glass-cutting advisor in 1881. Over ten Japanese craftsmen learned from him and this is when the traditional glassware craft technique still used to this day was developed. The popularity of Kiriko began to grow around this period along with the progress of cutting techniques as well as the popularization of glassware. In the Taisyo period, researches regarding glass materials used for cutting glass were conducted while polishing techniques for crystal glass were devloped, and this helped to further raise the Quality of EDO KIRIKO. "Cut Glass" rapidly developed to become a high-level craft and was the representation of glass crafts from the Taisho period to the early Showa period, which also became its first golden period. In 1985 EDO KIRIKO was designated as a traditional craft industry of Tokyo, and it also became designated as a traditional craft product of the country in 2002.

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